小川 洋子 - 博士の愛した数式
それまでたびたび眼にすることはあったが、新潮文庫の百冊に入っていたので、読んでみることにした。
数学が苦手な自分は「数式」と書いてあるだけで拒絶反応が出てしまうのだが、読み進めてみると数字嫌いから数字好きになった(本当に!)
設定が非常に特殊ではあるが久しぶりにいい作品だった。
博士は交通事故の影響で80分しか記憶がもたない。
なかなかピンとこなかったが、次のP159の一節を読んでハッとした。
<<僕の記憶は80分しかもたない>>
私はベッドの端に腰を下ろした。それ以上、何が自分にできるのか検討もつかなかった。初歩的なミスどころか、私は致命的なミスを犯してしまっていた。
毎朝、目が覚めて服を着るたび、博士は自分が罹っている病を、自らが書いたメモによって宣告される。さっき見た夢は、昨夜じゃなく、遠い昔、自分が記憶できる最後の夜に見た夢なのだと気付かされる。昨日の自分は時間の淵に墜落し、、もう二度と取り返せないと知り、打ちひしがれる。ファールボールからルートを守ってくれた博士は、彼自身の中では既に死者となっている。毎日毎日、たった一人ベッドの上で、彼がこんな残酷な宣告を受けていた事実に、私は一度も思いを馳せたことがなかった。
生きていると言うこと、すなわち記憶が連続しているということ・・・
自分には当たり前すぎて博士の心境を想像することは難しかったが、上記の一節を読んだ瞬間、もの凄く残酷な気分がしたのは間違いない。
何故かわからないが終盤に進むほど涙が止まらなくなった。
この感覚は丁度一年前に読んだ村上春樹氏の「ノルウェイの森」以来だ。
この作品を読んで次のことが印象に残った。
・子供は例外なく愛すべき存在であること
・数字(数式)にさえ愛すべき価値があること
・生きていること=記憶(思い出)が連続していること